マーカス・エリクソン スウェーデン
- 氏名 マーカス・エリクソン
- 生年月日 1990年9月2日
- 出身地 スウェーデン・クムラ
- 年齢 29歳134日
- チーム アルファロメオ・レーシング, DAMS, iSport International, Super Nova Racing, ケータハム
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | Caterham | 16 | 16 | 0 | 0 | 11 | 11 | 0 | 0 | 14 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| 2015 | Alfa Romeo | 19 | 19 | 0 | 0 | 16 | 8 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 9 | 18 | ||||
| 2016 | Alfa Romeo | 21 | 21 | 0 | 0 | 16 | 11 | 0 | 0 | 14 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| 2017 | Alfa Romeo | 20 | 20 | 0 | 0 | 13 | 11 | 0 | 0 | 11 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| 2018 | Alfa Romeo | 21 | 21 | 0 | 0 | 17 | 9 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 8 | 17 | ||||
| Total | 97 | 97 | 0 | 0 | 73 | 8 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 17 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2014年3月16日 | レース結果 |
| ラストレース | アブダビGP | ヤス・マリーナ | 2018年11月25日 | レース結果 |
マーカス・エリクソンは4年のGP2参戦を経て2014年のF1グリッドに加わった。スウェーデン中央部のクムラに生まれたエリクソンは1998年にモータースポーツの道を歩み始め、地元のカート・サーキットで新たなラップレコードを刻んでいる。すぐに自身のカートを手に入れたエリクソンは国内イベントでレースを開始、そしてインディカーチャンピオンであるケニー・ブラックの目にとまる。
ブラックはエリクソンの契約をまとめる手助けをし、当時まだ16歳だったエリクソンは2007年に英フォーミュラBMW選手権で7勝を上げてタイトルを獲得した。イギリスF3選手権へと進んで初年度を5位で終えたエリクソンは、ヨーロッパF3でいくつかのレースに参加する傍ら全日本F3にフル参戦。日本では参戦1年目にしてタイトルを勝ちとり、その年の終わりまでにGP2アジアシリーズ進出を果たしている。
2010年はSuper NovaからGP2にフル参戦し、バレンシア市街地サーキットのスプリントレースで初めての優勝を飾った。2011年にiSportへ加入するが、全体的に前年を上回るシーズンを送りながらも勝利を決めることはできなかった。
2012年にスパ・フランコルシャンでレース1初勝利を達成すると、2013年にはチャンピオンチームのDAMSへ移籍。しかし、前年にダビデ・バルセッキが成し遂げた成功を繰り返すことはできず、ランキング6位でシーズンを終えている。
それにもかかわらず、パーソナルスポンサーの助力も相まってケータハムのレースシートを獲得したエリクソン。総合的に見てこの年のエリクソンにペイドライバーのレッテルを一掃するだけの活躍はなく、チームメイトの小林可夢偉のみならず、可夢偉に代わって1戦限りでコンビを組んだアンドレ・ロッテラーにも押されている。シーズンの後半にはパフォーマンスが上向いたものの、長らく財政問題に苦しめられてきたケータハムはシーズン終了を待たずに管財人の管理下に置かれて戦線から離脱する。チームは努力の末に最終戦アブダビGPに戻ってきたものの、エリクソンはこの時すでにザウバーと2015年の契約を交わしており、ケータハムドライバーとして参戦することはなかった。
ザウバーで迎えた新シーズンは開幕戦からF1初得点を果たし、キャリア2年目にして自分のポテンシャルを発揮できるとの自信を高めたエリクソン。パートナーに起用された新人フェリペ・ナッサーの勢いに押されながらも2015年は計5回の入賞を遂げており、7月半ばにはナッサーともども2016年のザウバー残留が発表された。
初年度は特に前半戦でチャンスが失われたと感じていたエリクソンはザウバーでの2年目にさらなる前進を目指すも、財政的な苦境が続くザウバーのパフォーマンスは2016年に大きく落ち込んでしまう。後方での厳しい戦いが続く中、第10戦イギリスGP土曜フリー走行で大クラッシュを喫したエリクソンだったが、幸いなことに大きなケガはなく、無事決勝レースのグリッドに並んでいる。しばしばチームメイトと激しいバトルを演じたのも、少しでも成果を残したい心の表れだっただろう。結局、この年は1回もポイントを獲得することができなかったものの、エリクソンはシーズン終了間際にザウバー残留を決めている。チームメイトはマノーから移籍してきたパスカル・ウェーレインだ。
2016年の夏休み前にチームを買収した『Longbow Finance(ロングボウ・ファイナンス)』が敷く新体制下で迎えた2017年もバトルする位置に大きな違いはなかったものの、予選ではQ3まであと一歩の11番手を2度経験。また、シーズン第8戦アゼルバイジャンGPでは10番手を走っていた際に得点の可能性を少しでも高めようとしたチームから僚友にポジションを譲るよう指示されており、これがなければエリクソンの手にポイントが渡っていた可能性はある。残念ながら、これ以降は得点のチャンスがなく、2年連続ノーポイントでシーズンを終えた。
F1でのキャリアも5年目となる2018年シーズン。開幕戦こそリタイアしたものの、第2戦バーレーンGPでは予選17番手から決勝で9位入賞し、3年ぶりのポイントを獲得した。しかし、その後レースでは何度かポイントを獲得することもあったが、ルーキーでチームメイトのシャルル・ルクレールに予選、決勝とも離されるレースが目立った。最終的にルクレールに30ポイント離された9ポイント、ランキング17位でシーズンを終えた。シーズン中にチームは2019年のラインナップとして、アントニオ・ジョビナッツィに加えてフェラーリからキミ・ライコネンが加入することを発表し、エリクソンはF1以外のレースに転身することになった。後日、インディカー・シリーズへの参戦が発表された。
【長所と短所】
ケータハムと共に挑んだ初めてのF1シーズンはグリッド後方での戦いを強いられたこともあり、その中でエリクソンの真の才能を測るのは難しい。F1参戦1年目の成績に加えて、3回の優勝にとどまった4年間のGP2キャリアを踏まえても、人々の関心を引きつける要素としては乏しい。財政面の強みを生かしてF1にたどり着いたドライバーというレッテルを返上したければ、ザウバーで挑む今後の戦いが命運を左右することになるだろう。
【キャリア最高の瞬間】
16歳の若さで元インディ500ウイナーのケニー・ブラックからアラン・プロストにたとえられ、その翌年にはブラックが率いるチームから参戦したイギリス・フォーミュラBMW選手権でチャンピオンになったこと。また、2009年マカオGPでポールポジションから4位フィニッシュを果たしたこと。
【キャリア最低の瞬間】
2014年ベルギーGP予選でアンドレ・ロッテラーに負けたこと。1戦限りのスポット参戦だったロッテラーはまだF1マシンに乗って2日目だった。
-
モーターレース界から亡くなったユベールにお悔やみ (2019年9月1日)
-
ライコネン肉離れでエリクソンがスタンバイ (2019年8月29日)
-
アメリカ人F2ドライバーがF1のテストへ (2019年8月14日)
-
「僕にとって最高のF1シーズン」とエリクソン (2018年11月26日)
- 「最高の予選」をレースにつなげたいザウバー (2018年11月25日)