セルジオ・ペレス メキシコ
- 氏名 セルジオ・ペレス
- 生年月日 1990年1月26日
- 出身地 メキシコ・グアダラハラ
- 年齢 29歳353日
- 現所属チーム レーシング・ポイント
- 過去の在籍チーム アルファロメオ・レーシング, マクラーレン
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | Alfa Romeo | 18 | 17 | 0 | 0 | 13 | 7 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 14 | 16 | ||||
| 2012 | Alfa Romeo | 20 | 20 | 0 | 3 | 14 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 66 | 10 | ||||
| 2013 | McLaren | 19 | 19 | 0 | 0 | 18 | 5 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 49 | 11 | ||||
| 2014 | Racing Point | 19 | 19 | 0 | 1 | 15 | 3 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 59 | 10 | ||||
| 2015 | Racing Point | 19 | 19 | 0 | 1 | 18 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 78 | 9 | ||||
| 2016 | Racing Point | 21 | 21 | 0 | 2 | 20 | 3 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 101 | 7 | ||||
| 2017 | Racing Point | 20 | 20 | 0 | 0 | 18 | 4 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 100 | 7 | ||||
| 2018 | Racing Point | 21 | 21 | 0 | 1 | 19 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 59 | 8 | ||||
| Total | 178 | 177 | 0 | 8 | 153 | 2 | 0 | 0 | 4 | 4 | 0 | 578 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2011年3月27日 | レース結果 |
| ラストレース | アブダビGP | ヤス・マリーナ | 2019年12月1日 | レース結果 |
カートを卒業し、母国メキシコの通信事業最大手『Telmex(テルメックス)』の保護下でスキップ・バーバー・レーシング・スクールに入学した時、セルジオ・ペレスはまだ14歳だった。
テルメックス・マネーの支援を受けながら、ヨーロッパのジュニア・フォーミュラを駆け上がり、フォーミュラBMW、イギリスF3を経て、18歳の若さでGP2に到達。その間勝利はあったものの、総合タイトルには手が届かなかった(イギリスF3のBクラスにあたるナショナルシリーズでは優勝)。
しかしGP2アジア・シリーズで才能が開花。バーレーンのスプリントレースで優勝して、同カテゴリーの史上最年少ウイナーに輝いた。初のヨーロッパGP2シーズンでは2度表彰台に上り、12位でフィニッシュしている。だが、本当にその名が知られるようになったのは、栄誉あるモナコのフィーチャーレースでの勝利を含む4勝を挙げた2010年になってからだ。
2011年は同じGP2卒業生の小林可夢偉のチームメイトとしてF1入りを果たす。テルメックスのバックアップもあってのデビューだったが、ペレスはペイドライバーというレッテルへの抵抗であるかのような力強い走りを見せた。ザウバーは7月に行われたイギリスGPの時点で早くもペレスへの信頼を示し、来季も可夢偉とペレスの不変のタッグで戦いに臨むことを発表している。
ザウバーでの2年目には初年度を超える成功を収め、第2戦マレーシアGPで早くも勝利まであと一步のところまで近づいた。このレースではフェルナンド・アロンソに次ぐ2位に入り、その後もカナダGPでの3位、モンツァではフェラーリの2台を抑えて2位フィニッシュを果たすなど印象的なリザルトが続く。当時ペレスはフェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員だったが、さすがにフェラーリの2013年のレースシートを与えられるほど、ルカ・ディ・モンテゼモーロの心を動かすことはできなかった。しかしながら、ペレスのパフォーマンスはマクラーレンの目に止まり、メルセデスへ移籍するルイス・ハミルトンの後任として契約を結ぶこととなった。
しかし、失敗作に終わったマシンで2013年にリザルトを残すことに苦心したペレスはわずか1年でチームから放出されてしまう。だが、その後間もなくしてフォース・インディアがニコ・ヒュルケンベルグの相棒としてペレスと契約したことを明らかにした。2014年バーレーンGPではチームにとって2回目にあたる記念的な表彰台フィニッシュを遂げるも、シーズンを通して一貫性を欠き、ヒュルケンベルグに37ポイントの差をつけられた。
ヒュルケンベルグとのコンビを継続した2015年はマシン開発の遅れも影響して序盤はぱっとしない成績だったものの、シルバーストーンでBスペックが投入されてからは活躍を見せ始め、9月中旬には翌年のチーム残留も決まった。リザルト面でのベストレースは強い走りで3位表彰台に上った第15戦ロシアGPだが、ペレスにとってそれ以上に特別なのはF1キャリア初の母国グランプリに参加したこと。23年ぶりにカレンダーに復帰し、第17戦に組み込まれたメキシコGPにおけるペレスの順位自体は8位とまずまずながらも、サーキットでは週末を通してペレスの愛称である"チェコ"コールが鳴り止まなかった。シーズン後半の健闘によって、ペレスはチームメイトに20ポイント差をつけて前年度の雪辱を果たしている。
翌年もフォース・インディアでヒュルケンベルグと組んだペレスは、モナコとバクーの2つの市街地レースで表彰台に上る快挙を遂げた。F1初開催だったバクーでは、結果的にペナルティで5グリッド降格されたものの、強豪を抑えて予選2番手につけている。全21戦が組み込まれた同シーズンにおいてペレスは全レースで完走を遂げ(うち完走扱い1回)、入賞を逃したのは5回のみだった。中団チームの中で確かな実力を示した一方、翌シーズンの契約についてはしばらく不確かな状態が続いていたが、10月になってフォース・インディア残留が明らかになっている。2年連続で僚友を上回る成績を残してチームのコンストラクターズ選手権4位に貢献したペレスは、フォース・インディアを去るヒュルケンベルグに代わってマノーから加入するエステバン・オコンと共に2017年を戦うことになった。
新たなシーズンで善戦を続ける一方、前年までは存在しなかった問題が浮き彫りになってくる。それは新チームメイト、オコンとの関係性だった。第7戦カナダGPで自分にオーバーテイクのチャンスがあると考えたペレスが、オコンを先行させるようにとのチームの指示に背いたのをきっかけに2人の間の緊張感が高まり、第8戦アゼルバイジャンGPと第12戦ベルギーGPでは同士討ちを演じてしまう。これには自由な競争を支持していたチームも対処に追われ、コンストラクターズ選手権4位が決まるまではチームメイト間の直接対決が禁じられた。時にオコンがペレスを上回ることがあったものの、最終的に100ポイントを集めたペレスが7位、オコンが8位でこのシーズンは幕を閉じている。
エステバン・オコンとのコンビが2年目となる2018年シーズン、ペレスは開幕3戦でノーポイントに終わる。しかし第4戦アゼルバイジャンGPでは、予選8番手からスタートしたものの接触により大きく後退し、更にペナルティも受け一時は16番手に後退するも、上位陣のクラッシュやトラブルなどもあり着実に順位を上げ、最終的にはフェラーリのベッテルをオーバーテイクして3位で表彰台に上る。チームの破産により新生フォース・インディアとして参戦した第13戦ベルギーGPでは、オコンとともに快走し5位を獲得する。その後も着実にポイントを積み重ね最終的にランキング8位でシーズンを終えた。2019年はチームオーナーの息子ランス・ストロールがチームメイトとなる。
【長所と短所】
速さがあるのは確かだが、未熟さが残る。隙のない戦いでチャンピオンシップに勝つオールラウンドな力を身につける必要がある。
【キャリア最高の瞬間】
初表彰台を獲得した2012年マレーシアGPでは勝利さえも間近のところに見えていた。このときのパドックでの評価が2013年のマクラーレンのシート獲得につながっている。
【キャリア最低の瞬間】
夢の仕事をつかんでたった1年でマクラーレンを追われたこと。
【注目のコメント】
「競争。僕は競うのが大好き――毎日でも戦いたいよ。ドライビングだけじゃなく、フィジカル的にもメンタル的にもね」
「僕って実は、コース外ではかなりワイルドなんだ!」
【トリビア】
非常に迷信深いペレスは、レースで必ず複数のラッキーブレスレットを着けている。そのうち1つは祖母からもらったものだという。
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ペレス、最終ラップの追い抜きはキャリア最高のひとつ (2019年12月2日)
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10番手スタートを生かしたいペレス (2019年12月1日)
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接戦予想の予選でQ3を目指すペレス (2019年11月30日)
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フェラーリ同士打ちの被害者となったストロール (2019年11月18日)
- レーシング・ポイント、中盤セクターに苦戦 (2019年11月17日)
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2019年12月1日 スタート直後にポジションを争うガスリーとペレス © Andrej ISAKOVIC / AFP |
2019年12月1日 ペースを上げて前を追うペレス © Andrej ISAKOVIC / AFP |
2019年11月30日 ステアリングを切るペレス © Andrej ISAKOVIC / AFP |
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