ケビン・マグヌッセン デンマーク
- 氏名 ケビン・マグヌッセン
- 生年月日 1992年10月5日
- 出身地 デンマーク・ロスキレ
- 年齢 27歳101日
- 関係 お父さん - J.マグヌッセン
- 現所属チーム ハースF1チーム
- 過去の在籍チーム マクラーレン, ルノー, ロータスF1
| # | Grand Prix | Circuit | Date | Car | Pos | Pts | Qual | FL |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 18 | アメリカ合衆国 | オースティン | 11月3日 | ハースF1チーム | 15 | 17 | ||
| 20 | ブラジル | インテルラゴス | 11月17日 | ハースF1チーム | 11 | 9 | ||
| 21 | アブダビ | ヤス・マリーナ | 12月1日 | ハースF1チーム | 14 | 14 |
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | McLaren | 19 | 19 | 0 | 1 | 18 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 55 | 11 | ||||
| 2015 | McLaren | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 18 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| 2016 | Renault | 21 | 21 | 0 | 0 | 16 | 7 | 0 | 0 | 12 | 0 | 0 | 7 | 16 | ||||
| 2017 | Haas | 20 | 20 | 0 | 0 | 15 | 7 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 19 | 14 | ||||
| 2018 | Haas | 21 | 21 | 0 | 0 | 18 | 5 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 58 | 9 | ||||
| 2019 | Haas | 21 | 21 | 0 | 0 | 19 | 6 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 21 | 14 | ||||
| Total | 103 | 103 | 0 | 1 | 86 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 160 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2014年3月16日 | レース結果 |
| ラストレース | アブダビGP | ヤス・マリーナ | 2019年12月1日 | レース結果 |
マクラーレンのドライバー育成プログラムの一員だったケビン・マグヌッセンはチーム内の評価がかなり高く、一直線にF1へと進み、2014年にはマクラーレンのレースシートを手に入れるに至った。
元F1ドライバーで4度のル・マンGTクラス王者であるヤンを父に持つマグヌッセンはカートでキャリアをスタートさせた後に母国デンマークでフォーミュラ・フォードに進出。15歳にして同胞のライバルたちをしのぎ、15レース中11勝を記録して同シリーズのタイトルを獲得する傍ら、ヨーロッパ各地で開かれるフォーミュラ・フォードのレースにも参戦した。
次のステップであるフォーミュラ・ルノー2.0ではヨーロッパシリーズとノース・ヨーロピアン・カップ(NEC)の2方面から攻略に乗り出す。NECではレッドブルの若手であるアントニオ・フェリックス・ダ・コスタに次ぐ2位に入っており、そのプロセスに注目したマクラーレンがマグヌッセンとドライバー育成プログラムの契約を交わすに至った。
マグヌッセンが次の一歩を踏み出したのはフォーミュラ3。2戦に参加したヨーロッパシリーズでは1勝、ドイツシリーズでは3勝を上げた。翌年はイギリスF3に転向して7勝し、ブラジル出身のフェリペ・ナッサーに続く選手権2位でシーズンを終えている。
2012年にはフォーミュラ・ルノー3.5に初挑戦、同シリーズがF1への最後の足掛かりとなった。1勝してランキング7位に入った初年度はシーズン末にアブダビでF1の若手ドライバーテストに参加。グランプリ優勝マシンのMP4-27で505kmを走破し、テスト全体の最速タイムを記録した。
同シリーズで1年の経験を積んだマグヌッセンはカーリンからDAMSへ移籍し、5勝をもって2013年のタイトルを悠々と手に入れる。マグヌッセンに最も迫ったのはやはりマクラーレンの若手育成プログラムに所属するストフェル・バンドールンだったが、そのバンドールンでさえシーズン末にはマグヌッセンに60ポイントの差をつけられていた。
もはやマグヌッセンにジュニアフォーミュラで証明すべきことは残されていないと判断したマクラーレンは必死にF1シートを探し始める。マルシャとのレースシートの話し合いは失敗に終わり、ドライバー市場にあふれる才能や資金を見たマクラーレンは自らがマグヌッセンを起用することで、マグヌッセンに対する信頼度を示すことに決めた。結果としてセルジオ・ペレスがたった1年でチームを追われ、代わって21歳のマグヌッセンが2014年のマクラーレンを駆ることになる。
マクラーレンがルーキーを起用したのはルイス・ハミルトン以来のことだが、プレシーズンテストの開始を前にハミルトンが1万kmのマイレージを稼いでいたのに対し、マグヌッセンが2013年末までにF1マシンで走ったのは1,000kmを若干超える程度だ。デビュー戦オーストラリアGPで表彰台に上る夢のようなスタートを切った2014年だが、以降のレースで同様の成果を出すことはできなかった。シーズンを通じて何度か印象的な走りを見せながらも、後半戦では僚友ジェンソン・バトンを打ち破ることができず、翌年のフェルナンド・アロンソのマクラーレン復帰に伴いシートを喪失する。ただ、レギュラーの座ではないものの、マグヌッセンはリザーブドライバーとしてマクラーレンに残留することになった。
2015年のプレシーズンテストでレギュラーのアロンソがクラッシュし、医師から開幕戦を回避するよう指導されたため、シートを失ったばかりのマグヌッセンにお鉢が回ってきた。しかし、決勝前にホンダエンジンから白煙が上がり、結局、レースでは走れないままに終わっている。10月にはマグヌッセンが活躍できる場を見つけられなかったマクラーレンから放出を言い渡されるも、F1残留をあきらめなかったマグヌッセンはロータスを買収したルノーにチャンスを見いだした。ルノーによる買収前に契約を結んでいたパストール・マルドナドとチームの交渉が行き詰まったため、マグヌッセンがマルドナドの後釜として2016年のルノーのシートを手にし、再びF1で活躍するチャンスを得ている。
とは言え、長期的な目でチーム再建に取り組むルノーは最初のステップを踏み出したばかりであり、決して楽な状況ではない中、マグヌッセンはグリッド後方から何とか上を目指そうと奮闘。スタートで複数のマシンがリタイアした第4戦ロシアGPではそのチャンスを最大限に活用し、17番グリッドから7位フィニッシュを遂げている。第13戦ベルギーGP決勝では高速で大クラッシュを喫するも、幸いにして大きなケガはなく、翌レースから戦線に復帰した。第15戦シンガポールGPでシーズン2回目の入賞を果たし、僚友ジョリオン・パーマーに先がけて7ポイントを集めたマグヌッセンだが、交渉を長く待たされた上に単年契約を提示してきたチームのオファーが受け入れられず、1年でルノーを去ることを決断している。
2017年はロマン・グロージャンのチームメイトとして新進気鋭のハースF1で戦う道を選んだマグヌッセンにとって、この選択は正解だったようだ。トップチームとの差はまだ大きいものの、マグヌッセンはハースF1とプレシーズンテストを開始して早々に、その堅実な組織立てを称賛している。コース上では強引なバトルが他のドライバーたちから批判されることが多かった1年だが、全体的な結果としては5回の入賞を果たして前年を8ポイント上回る19ポイントを獲得した。本人の言によれば"面倒事が一切ないし、商業的な作業もない"ハースF1で、レースだけに打ち込める充実したシーズンを過ごした。
ハースF1での2年目となる2018年シーズン、マグヌッセンは開幕戦オーストラリアGPで5番グリッドを獲得、決勝ではピットインの作業ミスでリタイアに終わるものの調子の良さがうかがえた。続く第2戦バーレーンGPでは6番グリッドから5位という結果を残す。これに加えて第9戦オーストリアGPの5位がシーズンのベストリザルトとなった。シーズン後半は後方で苦戦を強いられるレース、接触によるリタイアや燃料規定違反による失格など不運に見舞われるが、それら以外ではポイントを積み重ね、最終的にはチームメイトのロマン・グロージャンを上回るランキング9位で自己最高の結果を残した。最終戦アブダビGP後のインタビューでは「今年は満足なシーズンだった」と語り、2019年シーズンに闘志を燃やす。
【長所と短所】
年齢にそぐわぬ成熟ぶりを見せるマグヌッセンが速いドライバーであることに疑いはない。デビューシーズンには持ち前のファイティングスピリットに多くの称賛が寄せられた。しかし、一流のドライバーになるには、まだ才能に磨きを掛ける必要がある。
【キャリア最高の瞬間】
デビューレースである2014年開幕戦オーストラリアGPで記憶に残る表彰台フィニッシュを遂げたこと。
【キャリア最低の瞬間】
2016年に先だってマクラーレンとのテストドライバー契約を終了されたこと。しかも、誕生日に、たった1通のメールで・・・。
【注目のコメント】
「準備はできている。これまでドライブしてきたものすべてで勝っているし、それがF1でストップする理由なんてあるかい?」
初のF1テストにて、サム・マイケル(マクラーレンスポーティンディレクター)
「彼のパフォーマンスを見るに、とてもではないが今週まで近代のF1マシンをドライブしたことがないやつには見えなかった!」
【トリビア】
ケビンという名前のドライバーがF1レースをスタートするのはマグヌッセンが初めてのことになるだろう。1980年と1981年にアメリカのケビン・コーガンが2レースに参加するも、予選を通過できなかった。
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2019年12月1日 ドライビングに集中するマグヌッセン © Andrej ISAKOVIC / AFP |
2019年11月30日 懸命にパフォーマンスを引き出すマグヌッセン © GIUSEPPE CACACE / AFP |
2019年11月30日 必死にペースアップを図るマグヌッセン © GIUSEPPE CACACE / AFP |
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