ロマン・グロージャン フランス
- 氏名 ロマン・グロージャン
- 生年月日 1986年4月17日
- 出身地 スイス・ジュネーブ
- 年齢 33歳272日
- 身長 1.8 m
- 体重 71 kg
- 現所属チーム ハースF1チーム
- 過去の在籍チーム ルノー, ロータスF1
| # | Grand Prix | Circuit | Date | Car | Pos | Pts | Qual | FL |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 18 | アメリカ合衆国 | オースティン | 11月3日 | ハースF1チーム | 17 | 18 | ||
| 20 | ブラジル | インテルラゴス | 11月17日 | ハースF1チーム | 13 | 7 | ||
| 21 | アブダビ | ヤス・マリーナ | 12月1日 | ハースF1チーム | 15 | 15 |
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | Renault | 7 | 7 | 0 | 0 | 5 | 13 | 0 | 0 | 12 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| 2012 | Lotus F1 | 19 | 19 | 0 | 3 | 12 | 2 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 96 | 8 | ||||
| 2013 | Lotus F1 | 19 | 19 | 0 | 6 | 15 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 132 | 7 | ||||
| 2014 | Lotus F1 | 19 | 19 | 0 | 0 | 12 | 8 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 8 | 14 | ||||
| 2015 | Lotus F1 | 19 | 19 | 0 | 1 | 13 | 3 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 51 | 11 | ||||
| 2016 | Haas | 21 | 21 | 0 | 0 | 16 | 5 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 29 | 13 | ||||
| 2017 | Haas | 20 | 20 | 0 | 0 | 17 | 6 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 28 | 13 | ||||
| 2018 | Haas | 21 | 21 | 0 | 0 | 15 | 4 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 37 | 14 | ||||
| 2019 | Haas | 21 | 21 | 0 | 0 | 14 | 7 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 8 | 17 | ||||
| Total | 166 | 166 | 0 | 10 | 119 | 2 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 389 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | ヨーロッパGP | バレンシア | 2009年8月23日 | レース結果 |
| ラストレース | アブダビGP | ヤス・マリーナ | 2019年12月1日 | レース結果 |
スイスとフランスの二重国籍を持つロマン・グロージャンは、モータースポーツのキャリアを比較的遅い14歳でスタートさせた。
カートから始めたグロージャンは順当にステップアップし、2006年にはF3ユーロシリーズに参戦、翌年には同選手権を制している。
2008年シーズンに向けて、グロージャンはGP2シリーズに昇格。GP2アジアシリーズでタイトルを獲得したグロージャンだったが、メインシリーズでは大成功とはいかず。
GP2に加えて、レースドライバーに昇格したネルソン・ピケJr.の後を継ぎ、ルノーF1チームのテストドライバーに就任したグロージャン。ARTグランプリから参戦し、ペースを発揮して勝利を手にすることもあったものの、些細なミスを犯したことが選手権4位という結果につながった。
ルノーの恩恵を受け、2009年もGP2に参戦しつつルノーのテストドライバーを務めていたグロージャンだが、2009年8月のヨーロッパGPにてピケJr.と交代する形でグランプリデビューを果たす。デビュー戦で15位に入ったグロージャンのシーズンベストリザルトはブラジルGPでの13位だった。4戦目のシンガポールGPでは、ルノーの"クラッシュゲート"問題が明るみに出て大騒ぎになっているさなか、フリー走行中に因縁のコーナーでクラッシュした。
困難な状況にあったルノーは2010年にオーナー、マネジメント陣、ドライバーらを一新して心機一転を図る。チームから放出されたグロージャンはFIA GT1選手権に新天地を求め、コドライバーのトマス・ムッチとともにフォードGTをドライブしてシーズン序盤に2勝を挙げる活躍を見せた。
グロージャンはその後シーズン半ばにしてシングルシーターの世界に戻り、Auto GP(かつてのユーロ3000選手権)に参戦。全シリーズの3分の2しか戦っていないにもかかわらずチャンピオンシップを勝ち取る。また、DAMSの一員として再びGP2にも参加し、4レースの中で2回の表彰台フィニッシュを果たしている。
翌2011年、グロージャンはDAMSからフルタイムのGP2ドライバーのオファーを受けるとともにルノーから"サードドライバー"の一人に指名される。3戦を残した状態でGP2王者に輝いたグロージャンは、続いてアブダビGPとブラジルGPの金曜フリー走行でルノーマシンをドライブした。これらの働きにより、グロージャンは2012年にキミ・ライコネンのチームメイトの座を射止め、自身2度目となるF1のチャンスをつかんでいる。
フル参戦した2012年シーズンは3度の表彰台フィニッシュという華々しい記録を築くも、繰り返すオープニングラップのインシデントが水を差していた。最悪だったのはスパ・フランコルシャンで、フェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンに加えてザウバーの2台をも1度のクラッシュでリタイアさせてしまったこと。このクラッシュは非常に深刻な事態につながる可能性もあった。スチュワードから次のイタリアGPの出走停止処分を科されたグロージャンは、トラブルを避けなければならないとのプレッシャーにさらされながら以降のレースを戦っている。
それにもかかわらずロータスはグロージャンへの信頼を貫く。用心深いアプローチで2013年のバトルを開始したグロージャンは次第に真の一貫性を示し始め、オープニングラップの障害とも言える存在から一転して立場を取り戻していった。ドイツとハンガリーで印象的な走りを見せたグロージャンは韓国GP以降で3連続表彰台を達成。アブダビの4位で連続記録は途絶えたものの、終盤にマーク・ウェバーを抑えてレッドブル勢の間に割って入り、2位表彰台に上ったオースティンがおそらくグロージャンのベストレースだろう。
進歩を遂げたことでグロージャンが新シーズンに多くの勝利を挙げる可能性が見えていたものの、いざ始まってみれば2014年は災厄の一年だった。初回テストを逃したロータスと、そのエンジンサプライヤーであるルノーの双方が信頼性に苦しみ、グロージャンにできるのは2回のポイントフィニッシュが精いっぱいだった。
ロータスとの契約を1年延長して迎えた2015年はチームを少しずつむしばんでいた財政問題が悪化。同時にレッドブルと決別したルノーがロータス買収によるワークス復帰を図る可能性も浮上し、グロージャンは移籍か残留かの選択を迫られる。その間もコース上では決して楽ではない戦いが続いていたが、パワーユニットがメルセデスに切り替わったこともあって最悪の時期は脱し、粘りの走りが奏功した第11戦ベルギーGPでは3位表彰台に上った。結局、母国フランスの企業であるルノーのワークスチームを強く希望しながらも、絶対にまとまるとは限らない買収を待つことができなかったグロージャンは、2016年から新規チームのハースF1チームに加入することを決断している。
新天地でエステバン・グティエレスとコンビを組んだグロージャンは開幕戦オーストラリアGPで新規チームを6位入賞に導き、続くバーレーンGPでも5位に入ってパドックの面々を唸らせた。"アメリカンドリーム"を実現したこの快挙に、2016年から新設されたファン投票によるドライバー・オブ・ザ・デーは2戦連続でグロージャンに贈られている。一方でハースF1はタイヤデータの不足やブレーキトラブル等の問題も抱え、勢いは次第に弱まっていく。思い通りに動かないマシンに無線で怒りを爆発させる場面が多々見られたグロージャンだが、本人曰くそれは情熱のなせるわざであり、チームオーナーのジーン・ハースはグロージャンの仕事を高く評価すると同時に、レギュレーションの変わる2017年には「彼の卓越したリーダーシップが改めて貴重なものとなる」と述べた。
グティエレスの後任であるケビン・マグヌッセンをチームメイトに迎えたグロージャンは、それまでの貢献を評価されて2017年5月にグランプリ・ドライバーズ・アソシエーション(GPDA)のディレクターに就任。一方、コース上ではライバルチームに比較してハースF1の伸びしろが大きいと期待していたグロージャンだが、チームは前年から続くブレーキ問題を解決できず、初年度のような輝きは見られなかった。シーズン第17戦US GPでは無線でタイヤについての懸念を訴えるグロージャンに、チームが「静かにしろ!」と一蹴する場面が話題になったものの、この応酬はグロージャン車のセンサーが失われている状態かつ、レース中の熱くなっている状況から来たものとして両者が水に流している。混戦の中団グループで入賞8回を遂げたグロージャンは、2016年に続きドライバーズランキング13位につけた。
再びケビン・マグヌッセンとのコンビでハースF1と3度目のシーズンを迎えた2018年、グロージャンは開幕から精彩を欠いたレースが続き、第8戦フランスGP終了時点でノーポイント。中でも第4戦アゼルバイジャンGPではステアリングホイールのスイッチの操作ミスによりセーフティカー中にもかかわらず単独でクラッシュし、6位を台無しにしてしまう。さらに第5戦スペインGPでは、スタート後にスピンした際、コース上でアクセルを踏み続け他ドライバーを巻き込むかたちでクラッシュしペナルティを受ける。一方、第9戦オーストリアGPでは4位でフィニッシュ、5位のマグヌッセンとともに今シーズンのチーム最高位の結果を残す。これ以降は6レースでポイントを獲得し、最終的にはランキング14位でシーズンを終えた。2019年もマグヌッセンとのコンビは継続し、更に上位を目指す。
【長所と短所】
新進のF1チャンピオンらのほとんどが5歳前後でカートのキャリアを開始する中、グロージャンは父から学校で成績が上がるまでキャリアのスタートを禁じられていた。その一方で冷静さにおいてはまだまだといったところ。デビュー戦のオープニングラップではフェラーリのルカ・バドエルと接触し、1週間後のベルギーGPでもジェンソン・バトンと衝突して2人ともリタイアに終わっている。
【キャリア最高の瞬間】
2013年シーズンを力強く締めくくり、クラッシャーとの見方を退けると同時にトップドライバーの一員としての立場を固めたこと。
【キャリア最低の瞬間】
2012年ベルギーGPで重大な事故を引き起こし、続くイタリアGPで出走停止処分を科されたこと。
【注目のコメント】
ロマン・グロージャン
「F1ドライバーになることはいつだって僕の夢だったし、マシンに乗り込むたびに今でも特別な感じがする」
ボブ・ベル
「彼にはまだ特に良いマシンを与えられていないし、若いドライバーがここへやって来るのはハードなことだ。したがって彼のF1デビューは楽ではないが、だからといって彼の豊かな才能が否定されるものではなく、われわれは将来その才能が花開くのを見るだろうと確信している」
【トリビア】
F1ドライバーという華麗な人生を楽しみつつも、グロージャンはジュネーブの銀行でパートタイムの仕事をしてきた。
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2019年12月1日 ストロールとポジションを争うグロージャン © GIUSEPPE CACACE / AFP |
2019年11月30日 ドライビングに集中するグロージャン © Clive Mason/Getty Images |
2019年11月29日 予選とレースに向けて調整に励むグロージャン © Charles Coates/Getty Images |
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