ネルソン・ピケJr. ブラジル
- 氏名 ネルソン・アンジェロ・ピケ
- 生年月日 1985年7月25日
- 出身地 ドイツ・ハイデルベルグ
- 年齢 27歳304日
- 身長 1.77 m
- 体重 70 kg
- 関係 お父さん - N.ピケ
- チーム ルノー
| Year | Car | Race | Start | Won | Pod | Class | Best | Pole | Front | Best | Lap | Hat | Pts | Pos | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | Renault | 18 | 18 | 0 | 1 | 9 | 2 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 19 | 12 | ||||
| 2009 | Renault | 10 | 10 | 0 | 0 | 8 | 10 | 0 | 0 | 10 | 0 | 0 | 0 | - | ||||
| Total | 28 | 28 | 0 | 1 | 17 | 2 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 19 |
| グランプリ | サーキット | 開催日 | ||
|---|---|---|---|---|
| デビュー戦 | オーストラリアGP | アルバート・パーク | 2008年3月16日 | レース結果 |
| ラストレース | ハンガリーGP | ハンガロリンク | 2009年7月26日 | レース結果 |
ネルソン・ピケJr.のキャリアは、わずか1戦の出来事によって傷つけられてしまった。2008年シンガポールGPの"クラッシュゲート"で主役を演じたピケJr.がネガティブなイメージを一掃するには、かなり難しい状況となっている。
ピケJr.のレースキャリアの成功は元ワールドチャンピオンで裕福な父親の支援があったことがその理由の1つと言えるだろう。南アメリカでF3タイトルを手にしたピケJr.は渡英し、イギリスF3選手権では当時史上最年少でチャンピオンに輝く。しかし、所属したチームは父親が運営するピケ・スポーツで、大きな支援を得ていた。同じチームから参戦したGP2でも輝きを放ち、2006年にはルイス・ハミルトンと激しいタイトル争いをした結果、ランキング2位でシーズンを終えている。
フラビオ・ブリアトーレのマネジメントを受けたことでルノーのテスト兼リザーブドライバーに就任したピケJr.は、2008年にレースシートを獲得。しかし、デビュー戦から7戦で5度のリタイアを喫してノーポイントという低調なスタートを切った。転機となったのはフランスGP。チームメイトのフェルナンド・アロンソを抑えて7位入賞を果たし、F1初ポイントを得たのだ。ホッケンハイムで行われたドイツGPでは17番グリッドからスタートしたが、セーフティカーが導入される展開の中で戦略をうまく利用し、一時はトップを走行。ハミルトンにオーバーテイクされてしまったものの、2位フィニッシュを決めた。
そして運命のシンガポールGP、事件は14周目に起きた。チームメイトのアロンソがピットストップを行った直後に、ピケJr.がスピンを喫してコンクリートウオールに激突。これでセーフティカーが導入された結果、アロンソに有利な展開となり、ルノーのシーズン初優勝が決まったのだ。当時は単なる偶然と考えられていたが、1年後にこの問題が再び注目を集めるようになる。
2009年はなかなか思うような結果が出せず、ピケJr.はシーズン途中にルノーを解雇される。これに対して父ピケはFIAに2008年シンガポールGPで起きたクラッシュは故意のものであると暴露。すべてはチーム代表のフラビオ・ブリアトーレや技術部門責任者であるパット・シモンズの策略と訴えたのだ。結果的にFIAは意図的なレース操作が行われたことを認め、ブリアトーレに無期限のモータースポーツ活動禁止令を下した。自らが被害者と訴えたピケJr.だったが、当然ながら周囲からのイメージは一気に下落。それでも、現在もF1復帰への道を模索しており、自らの真の実力を披露する舞台を探している。
【長所と短所】
下位カテゴリーでは、競争力のあるチームに所属して好結果を残したピケJr.。しかしF1ではうまくいかず、結果的に絶対的エースドライバーであるアロンソの陰に隠れてしまう。
【キャリア最高の瞬間】
2007年ドイツGPで2位表彰台に上っている。
【キャリア最低の瞬間】
シンガポールGPのクラッシュゲートに加わり、F1史上最大とも言えるスキャンダルに関与したドライバーという不名誉な称号を手にした。
【注目のコメント】
ネルソン・ピケJr.
「学生時代、授業はかなりサボったよ。宿題もたまに写させてもらったし、テストではカンニングもした。だけど、先生を殴ったりしたことはなかったよ」
「お金を使うことが好き。リラックスしたいときはセラピーを受けるんだけど、おかげで落ち着ける。最初は友人や女の子のためにウオッカにお金をかけたけど、最近では服につぎ込んでいるかな」
【トリビア】
F1デビュー年となった2008年当初、ピケJr.は開催地間をプライベートジェット(セスナ・サイテーション・マスタング)で移動していた。
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2010年6月12日 NASARに挑戦するピケJr. © Getty Images |
2009年6月4日 ネルソン・ピケJr. © Sutton Images |
2009年6月1日 ネルソン・ピケJr. © Sutton Images |
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