ヘイキ・コバライネン  フィンランド

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2007 Renault 17 17 0 1 16 2 0 0 6 0 0 30 7
2008 McLaren 18 18 1 3 15 1 1 4 1 2 0 53 7
2009 McLaren 17 17 0 0 12 4 0 1 2 0 0 22 12
2010 Team Lotus 19 19 0 0 12 12 0 0 14 0 0 0 -
2011 Team Lotus 19 19 0 0 14 13 0 0 15 0 0 0 -
2012 Caterham 20 20 0 0 19 13 0 0 16 0 0 0 -
2013 Caterham, Lotus 2 2 0 0 2 14 0 0 8 0 0 0 -
Total 112 112 1 4 90 1 1 5 1 2 0 105
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2007年3月18日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2013年11月24日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

ルノー、マクラーレンの2チームを経てロータスに加入したヘイキ・コバライネンの2010年は後方グリッドでの戦いを強いられた。新規チームに加わるとあって大きな期待は抱いていなかったにもかかわらず、シーズンが始まると、かつて共にポジションを争っていたドライバーたちから周回遅れにされるという苦渋を味わうことになる。

それでも、グリッド後方の中では度々光る走りを披露し、日本GPでは12位完走を果たしている。また、ロータスがルーキーイヤーに掲げたコンストラクターズ選手権10位の目標達成にも貢献した。

ルノーでF1デビューのチャンスをつかんだコバライネンはジャンカルロ・フィジケラと共に1年を戦い、マクラーレンに移籍。ルノーの若手ドライバー育成プログラム出身であるコバライネンはルノーでテストドライバーを3年務めている。F1ドライバーになるまで、ほとんどルノーエンジンを搭載したマシンにしか乗ってこなかったコバライネンに対するチームの思い入れは強かったようだ。

同じフィンランド出身のキミ・ライコネンがイギリス・フォーミュラ・ルノーからすぐにF1にステップアップしたのに比べて、コバライネンの場合は、同じイギリス・フォーミュラ・ルノーから、GP2シリーズへ進み、F3、ワールド・シリーズbyニッサンを経て、ようやく2007年に25歳でF1デビューを果たした。

マクラーレンに移籍したワールドチャンピオンのフェルナンド・アロンソの後任として、3年間テストドライバーを務めたコバライネンが引き継ぐのは当然のことに思われた。しかし、テストでの経験を持ってしても、アロンソが抜けた穴を埋めることはできず、ランキング7位。その後、アロンソとトレードするようにマクラーレンに移籍することになった。

マクラーレンとの相性の方が良かったようで、1度きりではあったが2008年ハンガリーGPでは優勝も果たして53ポイントを稼いでいる。ドライバーズ選手権は前年に続いて7位だった。2009年はやや後退気味で、コバライネンもハミルトンも調子の出ないマシンに苦しんだが、後半に調子を取り戻したハミルトンの一方でコバライネンはなかなか思うような結果を残せなかった。

マクラーレンはコバライネンとのオプション契約を行使せず、コバライネンの行く先に注目が集まったが、最終的に新規参入組のロータスのレースシートを獲得。2010年シーズンは再び新天地に活躍の場を求めることになった。

新たなパートナーとなったヤルノ・トゥルーリの成績を上回ったコバライネンはチームリーダーとして2011年シーズンに挑み、またしても僚友を総合的に凌ぐ走りを見せる。しばしばマシンの力量以上のパフォーマスを見せ、より基盤の整った中団チームを打ち負かすこともあった。

新たなパートナーとなったヤルノ・トゥルーリの成績を上回ったコバライネンはチームリーダーとして2011年シーズンに挑み、またしても僚友を総合的に凌ぐ走りを見せる。しばしばマシンの力量以上のパフォーマスを見せ、より基盤の整った中団チームを打ち負かすこともあった。

しかしながら2012年のケータハムもポイントには届かず、より大きなチームへの移籍を逃したコバライネンのパフォーマンスも伸び悩む。これを受けてチームはシャルル・ピックとギド・ヴァン・デル・ガルデを迎えて2014年のレギュレーションに集中することに決め、コバライネンは2013年のシートを失った。

新しいコンビで2013年のシーズンに挑んだケータハムだったが、序盤にはライバルのマルシャが悠々とケータハムを上回り、ヨーロッパラウンド初戦のスペインGPで投入した大幅なアップデートの重要性がさらに高まる。このため、ケータハムはマシン開発への貢献を期待し、リザーブドライバーとして再びコバライネンを起用した。シーズン終盤には手術のためにラスト2戦を欠場する同郷フィンランド出身のキミ・ライコネンに代わってロータスのマシンを駆るという予期せぬチャンスに恵まれる。

しかしながら、コバライネンはいずれのレースでも結果を残せず、ロータスでのグリッド復帰も2014年のレースシート獲得にはつなげられていない。

【長所と短所】

ロータスに移籍する前の時点までに完走した43レース中29レースにおいてポイントを獲得した実績があり、パフォーマンスに最も安定感のあるドライバーの1人である。しかし、この記録では、F1以前のカテゴリーで見せてきた生まれ持っての才能を発揮しているとは言えない。

【キャリア最高の瞬間】

2008年ハンガリーGP終盤にフェリペ・マッサがリタイアした恩恵もありつつ、初優勝を飾ったこと。

【キャリア最低の瞬間】

2008年は良いスタートを切ったが、クラッシュで歯止めがかかった。スペインGPで高速のままタイヤウオールに突進、マシンが大破する事故に見舞われた。病院に搬送されたものの、幸い軽傷で済んでいる。しかし、事故以降は調子が落ちた。

【注目のコメント】

◆ ルイス・ハミルトン寄りのマクラーレンのやり方について(2009年)

「新しいパーツは常にルイスが先に受け取ることを受け入れるのはキツイよね。この程度のことで大騒ぎしたくないけど、一度でもいいから新しいパーツを僕のマシンにも導入してもらえていればなぁと思うよ」

◆ ルノー時代、ルーキーだったコバライネンに対する不満を口にするフラビオ・ブリアトーレ(2007年)

「ヘイキのパフォーマンスについて? それなら、誰だってテレビを見て知っているだろう。誰も擁護する必要はない。まったく、ばかげているよ。それ以外、何と言えばいいんだ? もし、彼のパフォーマンスは素晴らしかったと言えば、私は完全に笑いものだ」

【トリビア】

さまざまなモータースポーツのチャンピオンが参加して戦うレース・オブ・チャンピオンズ(RoC)で、それぞれのイベントで優勝した唯一のF1ドライバーである。2004年の単独勝利の後、ラリー・ドライバーのマーカス・グロンホルムと組んで、2006年にフィンランドチームとして優勝している。

ノート

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2013年11月22日

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