ナレイン・カーティケヤン  インド

  • 氏名 クマール・ラム・ナレイン・カーティケヤン
  • 生年月日 1977年1月14日
  • 出身地 インド・チェンナイ
  • 年齢 37歳319日
  • 身長 1.67 m
  • 体重 60 kg
  • チーム HRT, Jordan
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2005 Jordan 19 19 0 0 14 4 0 0 11 0 0 5 18
2011 HRT 9 8 0 0 7 17 0 0 22 0 0 0 -
2012 HRT 20 19 0 0 12 15 0 0 21 0 0 0 -
Total 48 46 0 0 33 4 0 0 11 0 0 5
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2005年3月6日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2012年11月25日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

インド人初のF1ドライバーであるナレイン・カーティケヤンはジュニアフォーミュラで12年を過ごした後、2005年にミッドランド・グループからチームを買い取ったばかりのジョーダンに加入する。インド企業のスポンサーシップをもとにドライブのチャンスを得たカーティケヤンは"世界最速のインド人"と言われ、大きな期待が寄せられた。

当時、カーティケヤンは「母国の期待を一身に背負っている。だから今の僕には成功以外の選択肢がない」と語っている。シーズン序盤はチームメイトだったティアゴ・モンテイロのペースを上回り続けたものの、タイヤ問題で6台しか出走しなかった有名なインディアナポリスの一戦では4位にとどまり、表彰台に上るチャンスを逃している。とはいえ、この時の4位がカーティケヤンのF1ベストリザルトでもある。チーム代表だったコリン・コレスと口論したとも言われているが、同年末にカーティケヤンはチームを去った。

以後、A1GPにインド代表として参戦しつつ、ウィリアムズのテストにも参加したカーティケヤンはかつてのボス、コレスのチームから2009年のル・マン24時間レースに出走し、7位に入っている。2010年はNASCARのトラックシリーズで戦い、予選最高9番手、決勝は最高13位の成績を残した。

インドの自動車メーカー『Tata(タタ)』の支援を受け、初のインドGPが控えているとはいえ、2011年シーズンを前にカーティケヤンがHRTのレースドライバーとして発表された際には多くの人々が眉をひそめた。カーティケヤンは身体を鍛え上げてあると主張し、F1で得た二度目のチャンスに自信を見せる。

チームメイトのビタントニオ・リウッツィに敗れるのが常だったとは言え、カーティケヤンはレッドブルの支援を受けるダニエル・リカルドと交代させられるまで評判を傷つけるようなことはほとんどしなかった。インドGPで1戦に限り再びレースシートを手にしてリカルドを十分に上回る走りを見せたカーティケヤンは、自らの正当性を証明したと感じたことだろう。チームはこのパフォーマンスに印象付けられており、2012年はペドロ・デ・ラ・ロサのパートナーにより資金を備えたドライバーを探していたため、カーティケヤンは再び同チームのレースシートを得ている。

HRTの2年目でフル参戦を果たしたカーティケヤンだったが、資金は尽き果て、売りに出されたチームが2013年に先立ち新たな買い手を見つけることに失敗したため、カーティケヤンも同時にF1のレースシートを失った。

【長所と短所】

キャリアをスタートさせたのは1993年とあって、カーティケヤンのレース経験は豊富だ。唯一の問題はF1で広い意味においてコンペティティブと言えるマシンを駆ったのがたった1年だけであり、目立った活躍ができなかったこと。

【キャリア最高の瞬間】

インド代表として挑んだA1GPでの優勝。

【キャリア最低の瞬間】

タフなシーズンを過ごした後、2005年末にジョーダンのレースシートを失ったこと。

【注目のコメント】

「(ビジェイ)マルヤにアプローチしたことすらないよ。チームの雰囲気はかなりネガティブな感じだったし、自分がフォース・インディアでドライブすることに興味がないと断言しておきたい」

「僕はずっとF1でのチャンスが終わったとは思っていなかったし、今はその約束が実ったって感じだね」

【トリビア】

カーティケヤンの父は南インド・ラリーで7勝を誇るインドのラリードライバーである。

ノート

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