佐藤 琢磨  日本

  • 氏名 佐藤 琢磨
  • 別名 琢磨
  • ニックネーム Taku, 琢磨
  • 生年月日 1977年1月28日
  • 出身地 日本 東京
  • 年齢 37歳276日
  • 身長 1.64 m
  • 体重 59 kg
  • チーム BAR, Jordan, SUPER AGURI
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2002 Jordan 17 17 0 0 10 5 0 0 7 0 0 2 15
2003 BAR 1 1 0 0 1 6 0 0 13 0 0 3 18
2004 BAR 18 18 0 1 13 3 0 1 2 0 0 34 8
2005 BAR 17 15 0 0 9 8 0 0 4 0 0 1 23
2006 Super Aguri 18 18 0 0 10 10 0 0 17 0 0 0 -
2007 Super Aguri 17 17 0 0 14 6 0 0 10 0 0 4 17
2008 Super Aguri 4 4 0 0 3 13 0 0 19 0 0 0 -
Total 92 90 0 1 60 3 0 1 2 0 0 44
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2002年3月3日 レース結果
ラストレース スペインGP カタロニア 2008年4月27日 レース結果
プロフィール

F1参戦を果たしたドライバーが2年目にテストドライバーに戻り、貴重な経験を積んでレースドライバーに復帰するという流れはF1が作ったものだが、佐藤琢磨もその流れを経験したドライバーの1人である。

鈴鹿で開かれたレーシング・スカラシップを勝ち取った琢磨は1998年に渡英。フォーミュラ・ボクスホールに参戦した後、2000年にF3に昇格する。2001年には12勝を挙げてアンソニー・デビッドソンを下し、タイトルを獲得した。

その次のステップとなったのがジョーダンのシート獲得だ。日本GPでは5位入賞を果たし、初めてのポイント獲得で日本のファンを多いに沸かせている。2003年のシートには空きがなく、Hondaがエンジンを供給していたB・A・Rのテストドライバーに就任。2004年シーズンに先だって、ジャック・ビルヌーブの後任としてレースドライバー昇格を果たす。

2004年はチームメイトのジェンソン・バトンがほとんどのレースで表彰台に上る一方、なかなかトップ3に届かなかった琢磨だが、アメリカGPを3位でフィニッシュして表彰台に上っている。2005年はシーズンを通して調子が出ず、2006年のドライバーラインアップから外れてしまう。後に誕生したSUPER AGURIのエースドライバーとして活躍するも、2008年シーズン序盤、チームがF1を去ると同時にシートを失った。

【『Carlton Books(カールトン・ブックス)』発行"The Ultimate Encyclopedia of Formula One(ザ・アルティメイト・エンサイクロペディア・オブ・フォーミュラ・ワン/F1大事典)"より引用】

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