ヤルノ・トゥルーリ  イタリア

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1997 Minardi, Prost 14 13 0 0 10 4 0 0 3 0 0 3 16
1998 Prost 16 16 0 0 7 6 0 0 10 0 0 1 16
1999 Prost 16 15 0 1 8 2 0 0 7 0 0 7 11
2000 Jordan 17 17 0 0 10 4 0 2 2 0 0 6 10
2001 Jordan 17 17 0 0 8 4 0 0 4 0 0 12 9
2002 Renault 17 17 0 0 8 4 0 0 6 0 0 9 8
2003 Renault 16 16 0 1 11 3 0 2 2 0 0 33 8
2004 Renault, Toyota 17 17 1 2 14 1 2 2 1 0 0 46 6
2005 Toyota 19 18 0 3 15 2 1 4 1 0 0 43 7
2006 Toyota 18 18 0 0 13 4 0 0 3 0 0 15 12
2007 Toyota 17 17 0 0 13 6 0 0 6 0 0 8 13
2008 Toyota 18 18 0 1 15 3 0 1 2 0 0 31 9
2009 Toyota 17 17 0 3 13 2 1 4 1 1 0 32.5 8
2010 Team Lotus 19 18 0 0 10 13 0 0 17 0 0 0 -
2011 Team Lotus 18 18 0 0 14 13 0 0 18 0 0 0 -
Total 256 252 1 11 169 1 4 15 1 1 0 246.5
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 1997年3月9日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2011年11月27日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

2009年シーズン末にトヨタがF1撤退を発表したことにより、ヤルノ・トゥルーリはF1引退の可能性に直面する。しかしながら、2010年にF1参入を果たしたロータスが新規チームへの手助けを求めてF1で13年の経験を持つトゥルーリを起用、14年目のシーズンを迎えることになった。ロータスの狙いは的中する。準備期間がしっかり取れた2011年に向けては成績向上が見込まれることもあって、ロータスはトゥルーリの続投を決めている。

トゥルーリの"ヤルノ"という名前は2輪チャンピオンのヤルノ・サーリネンにちなんで付けられたことからも分かるように、トゥルーリはイタリア・ペスカーラに住むオートバイファンの両親の下に生まれた。多くのF1ドライバーと同様、そのキャリアはカートからスタートする。イタリアやヨーロッパのカートタイトルを次々と制した後、ドイツF3に進み、1996年にはタイトルを獲得した。

イタリアのチーム、ミナルディから1997年にF1デビューしたが、第7戦にプロストのオリビエ・パニスが負傷したため、その後任としてプロストに移籍。ドイツGPを4位でフィニッシュし、初ポイントを記録する。F1デビューシーズンに3ポイントを獲得したトゥルーリは続く1998年シーズンもプロストに籍を置き、翌年にはドイツで開催されたヨーロッパGPでジョニー・ハーバートに次ぐ2位に入り、初めて表彰台に上った。1999年シーズンはプロストでのベスト記録となる7ポイントを獲得。翌2000年、トゥルーリはジョーダンに移籍したが、その先2年間は表彰台に上ることができなかった。

2002年、マネジャーのフラビオ・ブリアトーレの計らいで、トゥルーリはジェンソン・バトンと並んでルノーに加入する。成績はバトンの方が優れていたにもかかわらず、翌年に若手のフェルナンド・アロンソ(当時テストドライバー)にレースシートを譲ったのはトゥルーリではなくバトンだった。シーズン中盤に3度リタイアを喫したものの、シーズンを通して比較的安定した成績を残し、33ポイントを獲得したとはいえ、ルーキーのアロンソが55ポイントを稼ぎ出したこともあって、トゥルーリの成績はかすんでしまった。

2004年モナコGPでは、以前のチームメイトであるバトンを抑えて初優勝を遂げる。しかし、チームとの折り合いの悪さは修復できず、3レースを残してチームを放出された。彼の後任にはジャック・ビルヌーブが決まり、トゥルーリはトヨタに移籍してシーズン残り2レースを戦っている。

2005年は開幕から5戦で26ポイントを獲得し、チームメイトのラルフ・シューマッハに勝る快進撃だったが、最終的なランキングは12位にとどまった。2005年序盤で3度表彰台に上った後、再び表彰台でシャンパンを味わったのは2008年6月のこと。フランスGPで激戦の末、3位でフィニッシュしたのだ。

トヨタとの最後のシーズンとなった2009年は3度表彰台に上ったが、一番印象深かったのはトヨタファンが集う日本GPで2位表彰台を飾ったことである。

ロータスに移籍した2010年にはチームが新規参入組で一番の成功を達成する助けとなり、さらに一年、契約を延長。しかし、パワーステアリングの問題からT128の操縦に苦戦し、全体的にチームメイトのヘイキ・コバライネンに及ばなかったばかりか、ドイツGPではカルン・チャンドックにシートを譲ることになった。トゥルーリは2012年の契約をかわしていたにもかかわらず、他のドライバーにシートを奪われるとのうわさが広まる。実際、ロシアのスポンサーをバックに持つヴィタリー・ペトロフに席を譲る形で2月にチームを後にした。

【長所と短所】

10年を超えるトゥルーリのF1経歴は、F1で体験できるあらゆる経験をしてきたと言えるだろう。その豊富な経験は新チームであるロータスにとってはとても貴重なはずだ。また、トゥルーリは予選に強いことでも知られる。とはいえ、オーバーテイクがし易いとも言われており、素晴らしい結果を残すこともあれば、そうでないこともあり一貫性に欠ける面が見られる。

【キャリア最高の瞬間】

最も名誉あるレースとしてカレンダーに君臨するモナコGPを2004年に制したこと。この年は3月から8月までミハエル・シューマッハの独壇場であったが、モナコでの優勝によりトゥルーリがシューマッハの連勝を止めた。

【キャリア最低の瞬間】

2004年、3戦を残してルノーから放出されたこと。初優勝をマークしたものの、チームのボスで元マネジャーであるブリアトーレとの関係が悪化し、離脱に至った。

【注目のコメント】

「F1をやっていると、毎日、毎レースごとに検査されて評価されているようなものなんだ。今日は大喜びしているかもしれないが、明日はどうなっているか分からない。つまり、そういったことに前向きに対応していかなければいけないんだ」

◆ マイク・ガスコイン(ロータス テクニカルディレクター/元トヨタ)

「1周だけのラップタイムで見れば、ヤルノは常に素晴らしいタイムを出すことができる。チームにとっては土曜日の段階でどの位置にいるのか、ある程度早い段階で知ることができるのは重要なことなんだ」

【トリビア】

2000年11月、F1シーズンが終了した2週間後にニューヨークマラソンに出場し、4時間2分21秒で完走した。

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