ドライバー

/ ミカ・サロ

ミカ・サロ  フィンランド

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1994 Team Lotus 2 2 0 0 1 10 0 0 22 0 0 0 -
1995 Tyrrell 17 17 0 0 12 5 0 0 7 0 0 5 15
1996 Tyrrell 16 16 0 0 8 5 0 0 8 0 0 5 13
1997 Tyrrell 17 17 0 0 8 5 0 0 14 0 0 2 18
1998 Arrows 16 15 0 0 5 4 0 0 6 0 0 3 13
1999 BAR, Ferrari 9 9 0 2 7 2 0 0 4 0 0 10 10
2000 Sauber 17 16 0 0 12 5 0 0 9 0 0 6 11
2002 Toyota 17 17 0 0 11 6 0 0 8 0 0 2 17
Total 111 109 0 2 64 2 0 0 4 0 0 33
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 日本GP 鈴鹿 1994年11月6日 レース結果
ラストレース 日本GP 鈴鹿 2002年10月13日 レース結果
プロフィール

同郷のJJレートやミカ・ハッキネンと同様、ミカ・サロも欧州フォーミュラ・フォードのチャンピオンという経歴を持つ。イギリスF3でハッキネンに追いつくと、2人は1990年の王座を競い合うも、辛くも勝利を掴んだのはハッキネンの方だった。複数のF3000チームからオファーのあったサロだが、飲酒運転で有罪となり、追放されるような形で日本へ渡った。サロは全日本F3を経て全日本F3000に参戦し、1994年まで日本に滞在する。同年末、チーム崩壊の危機に瀕しているロータスに加わり、シーズンラスト2戦に参戦した。

F1で十分な力を示したサロはティレルと1995年シーズンの契約を結び、開幕戦で3位を走って周囲に衝撃を与えた。1995年と1996年はそれぞれ5位を2回記録している。1997年にフェラーリ入りがうわさされるも、ティレルに残留。1998年はアロウズに移籍したが、パワー不足のエンジンに泣かされた。1999年はフルタイムのシートを失い、BARとフェラーリでレギュラー陣の代役を務める。後者ではホッケンハイムで僚友のエディ・アーバインに勝利を譲ってさえ見せた。2000年はザウバーで6ポイントを獲得し、翌年は2002年からF1に参入するトヨタと共に準備作業に取り組んだ。サロに大きなチャンスをもたらすかに見えたトヨタ加入だが、シーズン初戦の6位以上の成果を残すことなく、両者は決別した。サロはF1を引退して2003年にル・マンでアウディをドライブして以降も、スポーツカーのレーサーとしてフェラーリなどのマシンを駆っている。

『Carlton Books(カールトン・ブックス)』刊:
"The Ultimate Encyclopedia of Formula One(ザ・アルティメイト・エンサイクロペディア・オブ・フォーミュラ・ワン)"より

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