デビッド・クルサード  イギリス

  • 氏名 デビッド・マーシャル・クルサード
  • 生年月日 1971年3月27日
  • 出身地 イギリス スコットランド・トゥインホルム
  • 年齢 43歳217日
  • 身長 1.82 m
  • 体重 74 kg
  • チーム ウィリアムズ, マクラーレン, レッドブル
  • その他 コメンテーター
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1994 Williams 8 8 0 1 5 2 0 0 3 2 0 14 8
1995 Williams 17 17 1 8 9 1 5 7 1 2 1 49 3
1996 McLaren 16 16 0 2 9 2 0 0 4 0 0 18 7
1997 McLaren 17 17 2 4 10 1 0 0 3 1 0 36 4
1998 McLaren 16 16 1 9 12 1 3 10 1 3 0 56 3
1999 McLaren 16 16 2 6 9 1 0 6 2 3 0 48 4
2000 McLaren 17 17 3 11 14 1 2 9 1 3 0 73 3
2001 McLaren 17 17 2 10 13 1 2 3 1 3 0 65 2
2002 McLaren 17 17 1 6 13 1 0 1 2 1 0 41 5
2003 McLaren 16 16 1 3 11 1 0 1 2 0 0 51 7
2004 McLaren 18 18 0 0 14 4 0 0 3 0 0 24 10
2005 Red Bull 19 18 0 0 14 4 0 0 5 0 0 24 12
2006 Red Bull 18 18 0 1 13 3 0 0 7 0 0 14 13
2007 Red Bull 17 17 0 0 10 4 0 0 5 0 0 14 10
2008 Red Bull 18 18 0 1 13 3 0 0 7 0 0 8 16
Total 247 246 13 62 169 1 12 37 1 18 1 535
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 スペインGP カタロニア 1994年5月29日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2008年11月2日 レース結果
プロフィール

そのキャリアの大部分においてデビッド・クルサードはイギリスファンの期待を背負っていたが、チャンピオンシップでの勝利が可能なマシンをドライブしながらも、タイトルを手にすることはなかった。ドライバーとしてのクルサードはパドックで高い評価を得ており、引退後は『BBC』のF1放送で解説者を務めている。

8歳のときにスコットランドでカートを始めたクルサードは1988年末にフォーミュラ・フォードへステップアップするまでに国内の選手権で複数回優勝している。参戦初年度にFF1600のタイトルを獲得したクルサードは、すぐに出世街道を走り始めた。1990年にマクラーレン・オートスポーツ・ヤング・ドライバー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、マクラーレン製チャンピオンマシンでのテストを勝ち取る。ウィリアムズでも定期的にテスト機会を得ており、1993年にはF3000選手権に参戦してペドロ・ラミーとチャンピオンのオリビエ・パニスに次ぐ3位でシーズンを終えた。同じシーズンにル・マンでもドライブし、ジャガーXJ220を勝ってGTクラスを制覇。しかし、エキゾーストシステムのルール違反が見つかり、後に失格となってしまった。

1994年にウィリアムズの公式テストドライバーに選ばれたクルサードは、アイルトン・セナがイモラで亡くなって以降のレースに代役として出場、ラスト3戦でF1に戻ってきた元チャンピオンのナイジェル・マンセルにシートを譲るまで、ポルトガルGPで表彰台フィニッシュを達成している。1995年はデイモン・ヒルのチームメイトとしてフル参戦を果たし、F1初優勝を飾る。1996年、クルサードはマクラーレンへ移籍してミカ・ハッキネンとコンビを組み、長きに渡ってチームと良好な関係を結んだ。エンジンサプライヤーとしてのメルセデスの関与が深まったことでチームはさらに力を増し、1997年から2003年にかけて、クルサードは毎年少なくとも1勝は記録する。しかし、選手権で優勝する機会はその手をすり抜け、1998年と1999年はハッキネンのタイトル取りの補佐を務めた。ベストリザルトを残したのは2001年で、大差ながらミハエル・シューマッハに次ぐ2位につけている。

2005年にクルサードはレッドブルへ移り、キャリア最後の4年間をこのチームで過ごした。エイドリアン・ニューイの比類ないデザインが成果に出始めるのが2009年だったことを考えれば、キャリアを終えるのは一足早かったのかもしれない。しかしながら、全レースでドライバーの視点を示すという『BBC』での新しい仕事にクルサードは意外にも満足している様子で、2011年はジョナサン・レガードに代わってマーティン・ブランドルと共にメインコメンテーターを務めた。

【長所と短所】

キャリアを通して安定したパフォーマンスを発揮したものの、チャンピオンシップで勝利できるだけの切れ味が不足していた。また、アクシデントにも数多くかかわっている。

【キャリア最高の瞬間】

2000年フランスGPで優勝した際、トップを争っていた相手のシューマッハに中指を立てて見せた。

【キャリア最低の瞬間】

現役ドライバーとしてのラストグランプリはオープニングラップでクラッシュを喫し、引退イヤーのシーズンはわずか8ポイントしか獲得できていない。

【注目のコメント】

「別に褒められたくてやっているわけじゃない。僕はただ、自分がやりたいことをやるだけ。レースしたりエッチしたり、食べたり飲んだりね」

2008年イギリスGPのグリッドに着いてからのコックピットでの様子について:
「水がボクサーショーツの中に染み込んできちゃってさ。僕も年だろ、自分で濡らしたのか雨なのか分からなかったんだ」

【トリビア】

クルサードの一番のヒーローはヒュー・ヘフナーであり、青春時代には『Playboy(プレイボーイ)』を愛読していたと認めている。「ああ、裸の女の子が出てくる雑誌けど、それが核心じゃない。野心や豊かな生き方についての本さ」とクルサードは言う。

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