片山 右京  日本

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1992 Venturi 16 14 0 0 6 9 0 0 11 0 0 0 -
1993 Tyrrell 16 16 0 0 5 10 0 0 13 0 0 0 -
1994 Tyrrell 16 16 0 0 4 5 0 0 5 0 0 5 17
1995 Tyrrell 16 15 0 0 4 7 0 0 11 0 0 0 -
1996 Tyrrell 16 16 0 0 6 7 0 0 12 0 0 0 -
1997 Minardi 17 17 0 0 8 10 0 0 15 0 0 0 -
Total 97 94 0 0 33 5 0 0 5 0 0 5
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 南アフリカGP キャラミ 1992年3月1日 レース結果
ラストレース ヨーロッパGP ヘレス 1997年10月26日 レース結果
プロフィール

日本最高のグランプリドライバーの一人である片山右京だが、かつてF1にやってきた際には門外漢に見えていた。しかし、1994年にティレルでチームメイトのマーク・ブランデルを比較対象としつつ見せた数度の印象的な走りは、その評価が偽りだったことを証明している。右京は日本で1983年と1984年にシングルシーターのジュニアカテゴリーでタイトルを勝ち取った後に渡欧し、1986年はフォーミュラ・ルノー、1987年はF3で戦った。

その後、日本へと戻った右京は1988年にF3000に参戦。1991年には同シリーズのチャンピオンに輝いた。1992年にラルースからF1デビューを果たし、ベルトラン・ガショーを相手に善戦する。翌年は厳しいシーズンとなり、小柄な右京には近代F1のドライブに耐えるだけの強さを身につけることはないと考える向きも多かった。

だが、翌1994年には右京の明るい性格が豊かな才能やスピードと結びついていることが明確になる。しかしながら、ティレルが資金を備えたライバルたちに対して苦戦を強いられた1995年は0ポイントと不振のうちに終わった。また、この年のポルトガルGPでは大クラッシュを喫している。1996年も巻き返しはかなわず、1997年にミナルディに移籍。このシーズン末をもってF1を引退し、以降は時折ル・マン24時間に姿を見せる傍ら、登山や自転車レースなどに精を出している。

『Carlton Books(カールトン・ブックス)』刊:
"The Ultimate Encyclopedia of Formula One(ザ・アルティメイト・エンサイクロペディア・オブ・フォーミュラ・ワン)"より

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最新画像

2009年10月3日

片山右京

1997年3月9日

片山右京

1995年9月24日

バドエルと接触し、転倒した右京のマシン

     

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