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/ エイドリアン・カンポス

エイドリアン・カンポス  スペイン

  • 氏名 エイドリアン・カンポス・スネ
  • 生年月日 1960年6月17日
  • 出身地 スペイン・バレンシア
  • 年齢 58歳342日
  • チーム HRT, ミナルディ
  • その他 チーム代表
driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
1987 Minardi 16 14 0 0 1 14 0 0 16 0 0 0 -
1988 Minardi 5 2 0 0 1 16 0 0 22 0 0 0 -
Total 21 16 0 0 2 14 0 0 16 0 0 0
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 ブラジルGP ジャカレパグア 1987年4月12日 レース結果
ラストレース カナダGP モントリオール 1988年6月12日 レース結果
プロフィール

ドライバーとしては不名誉な記録を持つエイドリアン・カンポスだが、史上初のスペイン・チーム、カンポスを率いることでF1における評価の向上を狙っている。

カンポスのモータースポーツ入りは、いささか型破りな形で始まった。彼は1980年、スペインのラジコンレースでチャンピオンになっている。ドライバー転向を決めた翌年、彼はレースに武装したボディガードを引き連れて現れた。というのも、彼の祖父で実業家のルイス・サナーがバスク分離主義者グループのETAに誘拐され、人質に取られたためだった。F3とF3000ではそこそこの成功を収め、1987年にミナルディF1と契約。

彼のデビューシーズンは記憶から消してしまいたいような結果に終わり、完走はわずか1戦だった。しかし、唯一のフィニッシュが母国の観衆の前で14位完走を果たしたスペインGPだったというのは奇遇といえる。翌年はさらに悪夢のようなシーズンで、3戦連続で予選落ちした5戦目に、ピエルルイジ・マルティニにシートを譲るためミナルディから解雇されてしまう。

失意のF1キャリアを終えた彼は、しばらくスポーツから遠ざかっていたものの、1998年にカンポス・レーシングを立ち上げる。すぐに成功は訪れ、マルク・ジェネが当時のオープン・フォーチュナ・バイ・ニッサン・シリーズでタイトルを獲得。その後も彼のチームはGP2やF3で次々とトロフィーを獲得した。カンポスの最も偉大な功績は、おそらく、1996年に若きスペイン人ドライバー、フェルナンド・アロンソを見いだしたことだろう。

ジュニアシリーズでの成功を収めたカンポスは、2010年シーズン、長年の夢であったF1でグリッドを確保した。新参者ではであるかもしれないが、彼はデビューシーズンでトップ10入りする自信を見せている。彼の見いだしたアロンソはスペイン人初のワールドチャンピオンとなったが、カンポスは、スペイン初のF1チャンピオンチームを生み出すことができるだろうか?

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2009年9月12日

エイドリアン・カンポス

     

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