スペイン・バレンシア
- コース全長 5.419kms
- コーナー数 25
- 周回方向 clockwise
- 観客収容人数 112,000
- 設立年 2008
- サーキットデザイナー Hermann Tilke
データ
| レース | 開催日 | 優勝 | ||
|---|---|---|---|---|
| 初開催 | ヨーロッパGP | 2008年8月24日 | フェリペ・マッサ (BRA) | レース結果 |
| ラストレース | ヨーロッパGP | 2009年8月23日 | ルーベンス・バリチェロ (BRA) | レース結果 |
| グランプリ開催数 | 2 | |||
| 次回開催 | ヨーロッパGP | 2010年6月27日 | ||
サーキット情報
スペインの英雄フェルナンド・アロンソの活躍によって国内でのF1人気が高まり、2008年からスペイン第2のグランプリとしてバレンシアがカレンダーに加わった。
ホッケンハイムからヨーロッパGPの称号を引き継いだバレンシアは、市街地サーキットでのグランプリ主催に際して7年契約を締結している。F1レースのために設置されるサーキットの設計は近代F1サーキット建築家として有名なヘルマン・ティルケが担当。
ティルケは港の両サイドを結ぶ140mの可動橋を含めたレイアウトを設計し、本質的には公道コースであるものの、常設サーキットにおける安全性の全機能を取り入れようとした。
F1レース開催に向けては2008年7月末にスペインF3およびGTを開催してテストが行われている。スペインF3のレースは地元の新たな英雄ハイメ・アルグエルスアリが優勝した。それから約1カ月後に初のF1グランプリが開催され、フェラーリのフェリペ・マッサがポール・トゥ・ウインを達成。マッサはレース中のピットレーンでエイドリアン・スーティルとあわや接触しかけ、その行為が危険とみなされたことからレース後に1万ユーロの罰金をくらったが、優勝という結果に変化はなかった。
2009年はチケットの売り上げが伸び悩むも、負傷したフェリペ・マッサの代役にミハエル・シューマッハの復帰が報じられると、それに触発される形で販売数が伸びた。後にシューマッハの復帰は取りやめになったが、主催者側はチケットの払い戻しを拒んでいる。
