ギド・ヴァン・デル・ガルデ  オランダ

driver portrait
F1キャリア / 戦績
Year Car Race Start Won Pod Class Best Pole Front Best Lap Hat Pts Pos
2013 Caterham 19 19 0 0 15 14 0 0 14 0 0 0 -
Total 19 19 0 0 15 14 0 0 14 0 0 0
グランプリ サーキット 開催日
デビュー戦 オーストラリアGP アルバート・パーク 2013年3月17日 レース結果
ラストレース ブラジルGP インテルラゴス 2013年11月24日 レース結果
プロフィール
© Sutton Images

1998年にオランダのカート選手権で勝利し、2008年にフォーミュラ・スーパーAのタイトルを獲得したギド・ヴァン・デル・ガルデは2003年にフォーミュラ・ルノーに進み、印象的なデビューシーズンを送った。ランキング6位という結果はルノー・ドライバー・ディベロップメント・プログラムとの契約に繋がり、翌年はF3に参戦。2年連続で9位になったことからルノーのプログラムを脱落するも、2006年にセバスチャン・ベッテルとポール・ディ・レスタをチームメイトとしてASMから同シリーズに理想的な位置を得た。

チームはその前年にルイス・ハミルトンとエイドリアン・スーティルのコンビでシーズンを支配していたが、ヴァン・デル・ガルデは一年を通してチームメイトに遅れを取り、ディ・レスタがタイトル獲得、ベッテルが2位という成果を残したのに対してランキング6位にとどまった。それでもマクラーレンのヤング・ドライバー・プログラムの一員となり、2006年末には翌年からSUPER AGURIのテストドライバーを務めることが発表される。しかしながら、その後スパイカーのリザーブドライバーにも指名されたことで契約上の論争が起こり、最終的にはオランダチームだったスパイカーに加わった。

同年はテストドライバーを務めるかたわら『McGregor(マクレガー)』の支援を受けてフォーミュラ・ルノー3.5にも参加。シーズン途中までの参戦だったベッテルに次ぐ6位に終わったものの、翌年には2レースを残して王座に輝いた。2009年はiSportからGP2に戦いの場を移し、デビューシーズンにして3勝を挙げる。2010年にバルワ・アダックスに移籍してからはその勢いが幾分か弱まったものの、未勝利の2年間の後に2012年はケータハムでフルタイムのリザーブドライバーとして起用されている。

2013年には前任者のヘイキ・コバライネンやヴィタリー・ペトロフ、さらにチーム外部からのブルーノ・セナといったライバルがひしめく厳しい競争を経てケータハムのレースドライバーに指名された。しかし、ケータハムとの契約は1年で終わり、2014年はザウバーのリザーブドライバーとして活路を見いだしている。

【長所と短所】

ジュニアカテゴリーでの経験は不足していないが、GP2に4年参戦しながらも真にタイトルに迫ったことがないのはあらゆるドライバーにとって好ましからぬことだ。F1でのデビューシーズンを前に27歳になっていたヴァン・デル・ガルデにとって、この世界にとどまるには迅速にその価値を証明する必要がある。

【キャリア最高の瞬間】

シャルル・ピックらの競争相手を抑え、2008年にフォーミュラ・ルノー3.5で優勝したこと。

【キャリア最低の瞬間】

2010年のGP2選手権でチームメイトのセルジオ・ペレスに遅れをとった上、確実と考えていたヴァージンのレースシートを逃したこと。

【注目のコメント】

「今までに聞いた中で一番名言だと思ったのはオランダの一節。簡単に訳すと"仲良くできなきゃ折り合いもつけられない"って感じかな。あれ、重ね言葉になっちゃうの? 意味は通じない?」

「今僕のiPodに入っているのはハウスミュージックと新しいものがいろいろ」

【トリビア】

ヴァン・デル・ガルデのヘルメットには、子供の頃に父がよく買ってくれたコミック本に影響された白黒のマンガがあしらわれている。

このページのトップへ上へ

最新ニュース

このページのトップへ上へ

最新画像

2014年7月9日

リカバリートラックに積まれたザウバーマシン

2013年11月21日

FIA木曜記者会見に参加したドライバーたち

2013年11月17日

ドライバーズパレード前に言葉をかわすチルトンとヴァン・デル・ガルデ

     

関連画像リスト

このページのトップへ上へ