1972年にインテルラゴスで行われた初のブラジルGPは非選手権のイベントだった。翌年、ブラジルは公式F1カレンダーにポジションを得る。

1978年はリオデジャネイロのジャカレパグア・サーキットへ移り、次の2年はインテルラゴスに戻ったが、1981年から1989年まではリオでの単独開催が続く。1990年にインテルラゴスに戻って以降は同じ場所で開催されている。

ブラジルGPは数多くのチャンピオンシップで決戦の舞台となった。2007年はキミ・ライコネンがルイス・ハミルトンを逆転してチャンピオンになっており、2008年はファイナルラップのドラマでハミルトンが王冠を手中に、2009年はシーズンあと1戦を残してジェンソン・バトンとブラウンGPがダブルタイトルを獲得した。

左回りのインテルラゴス・サーキットの特性は、気まぐれな天候とともにレース結果を左右してきた。2003は予想外の大穴だったジョーダンのジャンカルロ・フィジケラが制している。レースはスタート前から豪雨に襲われ、全チームのタイヤ選択を鈍らせた。フェルナンド・アロンソがスピンを喫してコースをふさいだため、レースは赤旗終了に。当初はキミ・ライコネンが勝者とされていたが、レース終了時点のトップはフィジケラだったことが明らかになり、勝者が訂正された。

2008年5月、サンパウロ市長は2015年までイベントを主催する新たな契約をバーニー・エクレストンと交わしたと発表。この知らせを受けて、老朽化したピットやパドックの改修計画が動き出している。