- サーキットタイプ Race
- コース全長 4.309kms
- コーナー数 15
- 周回方向 反時計回り
- 観客収容人数 119,000
- 設立年 1936
| レース | 開催日 | 優勝 | ||
|---|---|---|---|---|
| 初開催 | ブラジルGP | 1973年2月11日 | エマーソン・フィッティパルディ (BRA) | レース結果 |
| ラストレース | ブラジルGP | 2018年11月11日 | ルイス・ハミルトン (GBR) | レース結果 |
| グランプリ開催数 | 36 | |||
| 次回開催 | ブラジルGP | 2019年11月17日 | ||
インテルラゴスは"湖と湖の間"という意味があり、文字通り、20世紀前半に水と電気を供給するために造られた2つの人工湖を指している。アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ、通称インテルラゴス・サーキットはサンパウロ郊外に位置する。もともとは家を建てるために2人の不動産開発業者が購入した土地で、家屋の建設に不適当だと判明したことから代わりにサーキットが建設されたのだが、サンパウロが急成長を遂げるに伴い、サーキット周辺を家々が囲むのにそう時間はかからなかった。
インテルラゴス・サーキットは古くから存在していたが、F1開催地ではなかった。エマーソン・フィッティパルディの成功がブラジルにF1グランプリをもたらしたと言える。1973年にF1カレンダー入りを果たす以前、1971年と1972年は非選手権を開催。サーキット名"アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ"は1977年に飛行機の墜落事故でこの世を去ったホセ・カルロス・パーチェに由来する。パーチェが記録した唯一のF1勝利がインテルラゴスだったのだ。
1978年はリオデジャネイロのジャカレパグア・サーキットへ移ったが、翌年にはインテルラゴスに戻る。しかしながら、1981年から1989年まではリオでの単独開催が続き、1990年にインテルラゴスに戻って以降は同じ場所で開催されている。
インテルラゴス・サーキットの旧バージョンでは現存するタイトでツイスティなインフィールド区間とすこぶるつきの高速セクションが共存していた。オリジナルのレイアウトには4つの高速コーナーがあり、それをつなぐ長いストレートではマシンが20秒ほど全開のままになる。1周を通じてかなりのバンプがあり、特にグラウンドエフェクトカーがさかんに取り入れられた1980年までは非常に危険なサーキットだとみなされていた。それに加えてサーキット周辺にファベーラ(貧民街)が迫ったため、ブラジルGPの舞台はより魅力的なリオデジャネイロのジャカレパグア・サーキットに移転。1990年、インテルラゴスにレースが戻る際には1500万ドルの再開発プランがサーキットを今の姿に変貌させた。
F1カレンダーの中でも、まれな反時計回りのコースであるインテルラゴスは長く緩やかな曲線部分ときついコーナーが連続する部分で構成されている。かなりアップダウンの激しいコースで、高速で駆け抜けるマシンにとって苛酷な狭過ぎるコーナーなど、さまざまな状況に対応できる柔軟性とマシンコントロール能力が求められる。第1コーナーにシケインが置かれているのはマシンを安全なス ピードまで落とさせるためだ。
ワールドチャンピオンであり続けたブラジルの天才ドライバーで国民的ヒーロー、アイルトン・セナの死後もブラジル人ファンの情熱は冷めることなく、グランプリ週末は今でも印象的な観客数を誇っている。
-
ブラジルGP、2020年にリオデジャネイロへ移転の予定 (2019年5月9日)
-
フェルスタッペンが「社会奉仕」1日目を消化 (2019年1月13日)
-
反省はしていないと言い切るフェルスタッペン (2018年11月23日)
-
感情はスポーツの一部とフェルスタッペンに共感のベッテル (2018年11月23日)
- ハミルトンなしではあり得なかった5連覇とウォルフ (2018年11月15日)