インテルラゴス・サーキット RSS


ブラジル・インテルラゴス

  • サーキットタイプ Race
  • コース全長 4.309kms
  • コーナー数 15
  • 周回方向 反時計回り
  • 観客収容人数 119,000
  • 設立年 1936
インテルラゴス・サーキット
データ
レース 開催日 優勝
初開催 ブラジルGP 1973年2月11日 エマーソン・フィッティパルディ (BRA) レース結果
ラストレース ブラジルGP 2014年11月9日 ニコ・ロズベルグ (GER) レース結果
グランプリ開催数 32

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サーキット情報

インテルラゴスは"湖と湖の間"という意味があり、文字通り、20世紀前半に水と電気を供給するために造られた2つの人工湖を指している。アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ、通称インテルラゴス・サーキットはサンパウロ郊外に位置する。もともとは家を建てるために2人の不動産開発業者が購入した土地で、家屋の建設に不適当だと判明したことから代わりにサーキットが建設されたのだが、サンパウロが急成長を遂げるに伴い、サーキット周辺を家々が囲むのにそう時間はかからなかった。

インテルラゴス・サーキットは古くから存在していたが、F1開催地ではなかった。エマーソン・フィッティパルディの成功がブラジルにF1グランプリをもたらしたと言える。1973年にF1カレンダー入りを果たす以前、1971年と1972年は非選手権を開催。サーキット名"アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ"は1977年に飛行機の墜落事故でこの世を去ったホセ・カルロス・パーチェに由来する。パーチェが記録した唯一のF1勝利がインテルラゴスだったのだ。

1978年はリオデジャネイロのジャカレパグア・サーキットへ移ったが、翌年にはインテルラゴスに戻る。しかしながら、1981年から1989年まではリオでの単独開催が続き、1990年にインテルラゴスに戻って以降は同じ場所で開催されている。

インテルラゴス・サーキットの旧バージョンでは現存するタイトでツイスティなインフィールド区間とすこぶるつきの高速セクションが共存していた。オリジナルのレイアウトには4つの高速コーナーがあり、それをつなぐ長いストレートではマシンが20秒ほど全開のままになる。1周を通じてかなりのバンプがあり、特にグラウンドエフェクトカーがさかんに取り入れられた1980年までは非常に危険なサーキットだとみなされていた。それに加えてサーキット周辺にファベーラ(貧民街)が迫ったため、ブラジルGPの舞台はより魅力的なリオデジャネイロのジャカレパグア・サーキットに移転。1990年、インテルラゴスにレースが戻る際には1500万ドルの再開発プランがサーキットを今の姿に変貌させた。

F1カレンダーの中でも、まれな反時計回りのコースであるインテルラゴスは長く緩やかな曲線部分ときついコーナーが連続する部分で構成されている。かなりアップダウンの激しいコースで、高速で駆け抜けるマシンにとって苛酷な狭過ぎるコーナーなど、さまざまな状況に対応できる柔軟性とマシンコントロール能力が求められる。第1コーナーにシケインが置かれているのはマシンを安全なス ピードまで落とさせるためだ。

ワールドチャンピオンであり続けたブラジルの天才ドライバーで国民的ヒーロー、アイルトン・セナの死後もブラジル人ファンの情熱は冷めることなく、グランプリ週末は今でも印象的な観客数を誇っている。

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Notes

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